懺悔

渦巻く心の焦燥を何処かにアウトプットしなければ、と考えました。

そうしなければ前に進めないと。

色々悩みましたが、一時期情熱を傾けていた、もうきっと誰も読んでないこのブログを選択しました。

もし万が一これを目にする方がいましたら。
読み物だと思って気楽に読んで下さい。

 

36年間、好き勝手に生きてきました。
好きな事だけを、楽な道だけを選び、嫌なことからは全て逃げ続けてきたのです。
そしてそれが私なのだと、信念持ってやっているんだと、それこそ自慢げ傲慢に振る舞い、他人の生き方から目を背け続けてきました。

私はそこそこ裕福な家庭に生まれ、そこそこの学力、金銭的に困窮した経験もなく、全てに甘えずっと実家に寄生し続けてきました。
働かなかったわけではありません。
学生時代にはアルバイト、大学を卒業してからは音楽関連の仕事を。
この仕事もどきを、流されるがまま10年以上続けてしまった事が後の私に多大な負債を抱えさせてしまった原因のひとつとも言えるのですが、その話はまた別の機会に。

特に不自由なく、半ば過保護のもと生きてきた私は、ある日突然、悟りを開くように打ちのめされました。

孤独への恐怖と、自分の内面の醜悪さに。

人は誰しも孤独です。
死ぬ時はひとりです。
ただ、寄り添い合うことはできます。
きっと今までも、私と寄り添い合いたいと、純粋な好意を持って接してきてくれた人達がいます。
この人と一緒にいればどれだけ幸福だろうかと私に期待してくれた人達がいます。

私は、これまでの人生において、私が何をするのか、したいのか、本当の自らの意志によって決定した事がほぼほぼ一度もないのです。
全て周囲が作り出した流れにそって、なんとなく生きてきただけなのです。
リスクを犯してもやらなければいけない事から、全て逃げてきたのです。
それは対人、人間関係においてもまさにそうだったのだと思います。

好き嫌いはあります。
大好きな人達に対し上辺だけで接したという気持ちも本当に、本当にありません。
しかしながら、相手がどういう気持ちでこちらに接しているのかを意識して想像したことは、もしかしたら一度もなかったのではないかと思います。
無意識的に自分が気持ちよくなりたい、嫌な気持ちになりたくない、自分のダサい部分をさらけ出したくない、自分が、自分が。
好きな人達に対する私の好意自体は本物だと断言できますし、とても大事に思ってきたのは本当です。
ただ、自分が如何に楽に生きられるか、そこを基準にあらゆる人間関係を構築、または無視してきた部分が、意識的にではないですが、大いにあったと、私は思います。
自分の意見の押しつけ、自分本位の会話、それで傷つく人がいることに全く気がついていなかったのです。
私と寄り添い合いたいと、純粋な好意を持って接してきてくれた人達を私が如何に裏切ってきたのか。

私が今孤独なのは当たり前なのです。
私は私の城壁を決して開かなかったのですから。
他人と本当の意味で対話するということから逃げ続けてきたのですから。
自ら他人と心から寄り添い合おうとしなかったのですから。
裏切ってしまった人達には申し訳ない気持ちしかありません。
後悔しています。

あの日あの時、なぜあなたの気持ちを考えようとしなかったのか。

あんなに私のことを考えていろんな道を示唆してくださった先輩たちの言葉をなぜ真剣に受け止めなかったのか。

あらゆることに全て受け身で、卑怯にも後出しで自分が言いたいことだけを言うだけの醜い人間。

自業自得、因果応報。

心の何処かにこのままではいけないという心があったかどうかは定かではないのですが。
ある日突然です。
突然といっても引き金はもちろんありましたが。
見ないように、見なくていいように、直面して打ちのめされないように、心の何処かに溜め続けていたものがある日突然。
それらは、孤独に対する恐怖、自らの幼さへの恥、今まで歩んできた人生の意味への疑問、おそらく大多数の人が人生の階段を登るにつれて少しづつ解決してきたのであろう生きることの大変さ。
それらすべてが同時に私の精神に呪いのようにのっかかってきたのです。

動悸、冷や汗、焦燥感。
私の存在価値とは?
生きる意味とは?
自ら何も選択してこなかったこの人生は、一体誰のものなのでしょうか?
そう考えた瞬間何もできなくなりました。
ライフワークだと自分で思い込んでいた、10年以上続けたバンドさえも。
何をしていても頭にもたげる自分の生きる意味。
重い身体、拭えない悲しみ、寂しさで埋め尽くされた心、永遠に続く将来への不安。
まともに睡眠をとることができなくなりました。
でも体力の限界が訪れれば少しは寝られるのです。
寝ている間だけ何も考えなくてすむのです。
その時間以外は嫌なことばかり考えていました。

毎日前に向かうための気力が何一つ湧き出てこないのですが、仕事はなんとかこなせました。
ただ、精神状態が限界に近かったのでもうこれ以上働くのは無理かもしれないというところまでいきました。

私はクズでした。
それが故に今の苦しみがあるのです。
私を愛して育ててくれた両親のことを思うと涙が出ます。
輝かしい未来を、私に期待していてくれていたと思います。
裏切ってしまいました。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

私は今まで自分のことを、優しい分別ある頭のいい人間だと思いこんでいました。
クズなのに。
自分一人では何も選択できない子供なのに。
ヌクヌクと温室に立てこもりそこから他人に石を投げて愉悦に浸るようなクズが。
なぜ人並みに幸せになれると思っていたのでしょうか?

その事実に、自分の醜さに、初めて気付いたのです。
この歳になって初めてです。

「人は誰しも、尊い面と醜い面、両方持ち合わせている。」

それはそうなのかもしれません。
ただ私は、ここ直近の10年、適当に生き過ぎました。

正直な話、死を考えました。
これから先、この感情を抱えながら生きていられる自信がなかった。
寝ている時間以外地獄なら何故生きているのか。

でも死ななかった。
死ぬのが怖い、それもあるかもしれません。
ただ、死へと向かう気力すらなかったのは事実です。
それにこのまま死んでしまっては、本当に私の人生に意味なんて無い。
生きている意味が全くわからないのに死ぬ事を選ぶこともできない。

ネガティブな思考をどうにかしたいとなんとか試行錯誤する毎日。
ある朝神頼みとばかりに近所の神社にお参りに行った時の帰り道、私はひとつの答えにたどり着いたのです。
そこにたどり着いた瞬間私は涙が止まらなくなり、憑き物が落ちたようなすっきりした気持ちになったのです。

いまさらどうあがいても環境は変わらないだろうし、この10年をやり直すことはできない。
後悔してることをなかったコトにできない。

それならば。

せめて。

自分の内面だけでも変え、クズではない自分になってから。

誰かの役に立ってから。

人間らしくなってから。

今まで裏切ってきてしまった人達に恩返しをしてから。

意味のある人生なんだと思えるようになったら。

それから死ねばいいと思いました。

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